「ぼっち」を恐れる心理  不安と寂しさの対処法

 

少し前に、「孤独感」に関するテーマを書きました。今回もそれと関係したテーマです。

 

前回の記事⇒ 孤独感・無価値感と均一化の関係「人の目を気にする・気にさせる」心理

 

人は どういう状況の時に寂しくなるでしょうか? 寂しさへの反応は人それぞれですが、心の不足感を、穴埋めしようと過剰に反応し過ぎると寂しさの奴隷になってしまいます。それは依存症の一種です。

 

「週プレNEWS 1月15日(水)6時0分配信」 より引用抜粋

「ぼっち」にならないために売春する女の子たち」

(前略)
「女子高生が友達からの着信を無視してしまったから、罰ゲームとして売春したという事件ですね。もちろん最近の女の子が皆そうかというと違いますが、

友人関係から売春をした女の子の心境が理解できないという子は少数だと思いますよ。僕が盛ってるのではなくて、これが今の子のリアルなんです」
(中略)
「ツイッターでリツイートされない、ラインで既読になっているのに返信がない、そんなことがあるとすごく不安になると言いますね。そんな不安をどうやり過ごすのかを学ばないまま、スマホで友達とつながってしまっている。

でも、彼女らは女友達には負けたくないとも思っているんです。それで、SNSで私はリア充だとアピールすることを考えて日常生活を送っていたりします。ただ、友達から自慢とは受け取られないよう、注意を払うことは忘れません」

– 引用ここまで- 

引用元⇒ http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20140115-00024247-playboyz-soci

 

 

ですが上記の記事の場合では純粋に人恋しさからの寂しさだけではありませんね。闘争心・虚栄心・プライドなども絡んでいます。

 

そして何故そんなに「闘争心・虚栄心・プライド」が過剰になるのか?と言えば、それは前回書いた記事同様、この種の孤独感への恐怖・不安の背景には、「存在価値」が周囲と同質化・均一化されてしまっていることが原因のひとつにあり、

 

その関係性の優劣でしか自身の存在価値を測れない、あるいは「感じれない」までに価値観が均一なものに固定化されてしまっているからそうなるんですね。

 

「みなと同じでなければならない」という、そういう集団での同調圧力が強く意識に働いているわけです。その中で劣位になることは、そのままその人の存在価値を下げることであり、危機的なこととして感じられるものなんですね。

 

かといって、均質化した価値を共有するコミュニティー内において、優位さを見せびらかして自慢すると激しい嫉妬の対象になり、それもまた孤立化の危機を生みかねないため、

 

そう受け取られないように、さりげなく「自分は今上手くいっるよアピール」をしたいという、何とも息苦しい心理です。

 

こういう息苦しいコミュニティに自身の存在価値を固定して、依存症的に虚勢の張り合いで闘争し続ける若者もいれば、下の引用記事のように、ぼっちを受け入れて淡々と動じずに過ごす若者も今増加しているんですね。

 

「エキサイト」 より引用抜粋

「もはやぼっちがマジョリティ」―1人きりでイブを過ごす「クリぼっち」がネットで話題!

1人きりでイブを過ごす「クリぼっち」が64.5%―という話題が、2chをはじめとしたネット上で話題になっています。

これは、レストラン予約サイトが20~30歳代の男女約1,800人対象にした「クリスマスディナー」に関する調査によるもので、

男性の70%、女性の58%が「付き合っている人がいない」と回し、男女平均で64.5%がイブに恋人がいないとみられるとのこと。 – 引用ここまで- (続きは下記リンクより)

引用元⇒ 「もはやぼっちがマジョリティ」―1人きりでイブを過ごす「クリぼっち」がネットで話題!

 

 

不安と寂しさの対処法

 

とは言っても「寂しさ」という感情は、他人の存在や愛情を求めるための大切な感情のひとつです。そして「自分の存在価値」を周囲の存在価値の基準に均一に同調化されていなくても、寂しさはそれ以外の原因でも生じます。

 

「寂しさ」も怒りや悲しみなどの他の感情と同様に、「抑え込んでしまえばそれでいい」ような単純なものではないんですね。

 

「寂しさ」の本質、それは一体なんでしょうか? 「他者否定」「自己否定」が生じている時に「存在」は、「寂しさ」という感情を引き起こし、「私」にして問いかけるわけです。

 

その問いかけに耳を澄まさずに、スグに過剰に寂しさの穴埋め依存の行動に走った場合、どんどん空虚さは増していきます。

 

そして逆に徹底的に寂しさを否定抑圧しても、それは他の感情を抑圧した場合と同様に、心が鈍くなってしまい、本当に「寂しい」孤独な人生になります。

 

なので、ありのままの「寂しさ」を見つめ理解する、そしてそれから行動することが一番良いでしょう。そのためにオススメなのが、当サイトでも紹介しているマインドフルネスです。

 

この方法はストレス対処全般、そして不安への対処にも効果があるんですね。

 

そしてこれからの世の中、ぼっちの方が世間の主流になっていく流れだと私は予想していますので、いっそのこと「良いぼっち」「意義のあるぼっち」を楽しむ方が適応的かもしれません。

 

2018/5  追加更新 - ここから

この記事を書いたのが2014年ですが、2018年になっている現在、予想通り「ぼっち」は50%の大台に迫る勢いです。後二十年もすれば、ぼっちがマジョリティになるでしょう。

 

孤独を楽しむ人が増えてきているので、寂しさへの対処よりも、「どのような「孤独」の質が人生の質を豊かにしたり高めるのか?」というテーマの方が今は現実的かもしれません。

 

そこで、関連する外部サイト記事を追加で紹介します。

 

「孤独の薦め BBC Future 2018年2月28日By Christine Ro」 より引用抜粋

孤独の良い面は創作力の活性化である。カリフォルニア・サンノゼ大学で創造性を研究しているグレゴリー・フィーストは、創造性を2つに要約している。

一つは独創性であり、もう一つは社会に役に立つ事である。独創性のある人には開放、自信、独立が見られると言う。
(中略)
フィーストは、傑出した芸術家、科学者には、付き合いを避ける傾向があると言う。
(中略)
バッファロー大学心理学のジュリー・ボウカーは引きこもりを研究していて、引きこもりには3つのタイプがあると言う。

恐怖、不安から引きこもるタイプ、付き合いを鬱陶しく思うタイプ、仕事のために敢えて孤独を愛するタイプに分けられる。

ボウカーは、傑出した創造性は第三の孤独のタイプから生まれると言う。人付き合いを避ける傾向と高度の創造性は関連している。(中略)

大昔からインド・ヒマラヤでは悟りを得るために人は下界を断絶して瞑想をした。人との関係を断ち瞑想する状態は、精神の積極的停止にあたり、心は流浪し、白昼夢と言う現象も起きる。

この時記憶が固定され、心は柔軟になり、人生の全般を見通す余裕が出来る。

「静寂」と言う本の著者にスーザン・ケインと言う女性がいる。彼女は積極的に孤独の良さを薦め、内向的な人達に働きやすい職場づくりを進めている。

「創造はグループ活動から生まれると考えたいが、実際は心を集中する必要がある。人間は社会的動物であるから他人から影響を受けやすい。

しかし良い仕事をするには、自分を隔絶して熟考する時間も必要だ」と彼女は言う。

隠遁との違い世の中には良い孤独と悪い孤独がある。悪い孤独をすると生活機能を失ってしまう。もし他人に興味を失い、自分に籠り始めたらこれは病気であるが、

何か良い仕事をしようとして意図的に孤独になるのは良い孤独である。
(中略)
「むしろ一人になれない、何時も人と一緒にいないと不安と感じるなら、それは孤独と反対の意味で危険だ」とフィーストは言う。

一人になる時間がなかったら、自分の内側を見る時間もなくなる。友人の数は少なくても、より強い関係を築く事が出来れば幸せな人生であろう。

友達の数が問題なのではなくて、その質である。絶え間なく誰かと話していて、人生が豊かになるはずがない。

だから、もし貴方が会合に行くのが億劫に感じても恥ずべき事ではない。嫌なものに無理に合わせるより、間口を狭めて人生の生産性を高めた方が素晴らしいことではないか。
– 引用ここまで- (続きは下記リンクより)

引用元⇒ 孤独の薦め

 

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