認知科学・脳科学で考察・検証する心・精神のバランス異常
今回も認知科学・脳科学の続きで、「視床・視床下部」、「大脳辺縁系」を中心に、うつや強迫性障害や不安障害、その他の心・精神のバランス異常に関連する複合的なテーマで書いています。
前回の記事 ⇒ 認知科学・脳科学でみる認知の進化と発達 再構築される心の現実
また、個の身体システムだけではなく、社会的な力学、負の干渉による「社会的排斥」が及ぼす「社会的痛み」の脳科学的検証や、「相手の身になる」「思いやりの心」の脳科学的視点からの考察などもしています。
動画は前回と同様に、畿央大学ニューロリハビリテーション研究センターの「10分でわかる脳の構造と機能」シリーズを紹介しています。(動画よりポイントを整理しまとめています。)
vol.9「視床・視床下部」
視床には多数の神経核が存在し、大別すると「連合核(記憶や情動に関連)、非特殊核(覚醒・注意・報酬などに関連)、運動系特殊核(運動の計画、遂行中の運動制御に関連)、感覚系特殊核(体性感覚の中継などに関連)」に分けられ、
視床下部は「前頭葉、大脳辺縁系、視床、脳下垂体」と遠心性神経と求心性神経を介して連絡。交換神経、副交感神経、内分泌系を総合的に調節し、体温調節、本能行動、情動行動を司るする働き。
視床下部の構造は、弓状核(下垂体前葉ホルモン調節因子を分泌)、室傍核(オキシトシンを産生)、視索上核(バソプレッシンを産生)、視索前核(性腺刺激ホルモン放出ホルモンを分泌)、 背内側核(摂食中枢を含む)、腹内側核(満腹中枢を含む)、乳頭体(大脳辺縁系と連絡し感情形成に関与し嗅覚と自律神経と関係)
視床下部はストレス反応の中枢で、生体ストレス反応に対して重要な役割を担う部位。ストレッサーが引き金になって生じる生体の反応の中では、
視床下部-下垂体-副腎系(HPA系)を介した内分泌反応は様々な精神疾患との関連があると考えられ、またHPA系の機能調節異常は、海馬神経細胞の萎縮を引き起こすことや、うつやPTSDなどとも関連すると考えられている。
関連する過去記事を以下に二つ紹介しておきますね。
⇒ ストレスとホメオスタシス オートポイエーシスな身体・心・環境・システム
⇒ 「祈り・癒し」 想念と心・幸福の関係を脳科学・認知科学で検証
vol.7「大脳辺縁系」
記憶に関わる神経回路はパペッツの回路(海馬・視床前核群・乳頭体・帯状回を中心に形成)、情動に関わる神経回路は、ヤコブレフの回路(扁桃体・視床内側核・前頭葉下面を中心に形成) 参考PDF ⇒ 情動による記憶強化のしくみ
帯状回は前帯状回と後帯状回があり、大脳辺縁系の各部位を結び付けて感情の形成と処理・ 学習と記憶に関わりを持っている。
※ 特に「パニック障害」は帯状回とも関係が深いと考えられています。パニック障害と帯状回の関係性に関しては以下の外部サイトを参考にどうぞ。⇒ 帯状回の神経科学(1) 帯状回の神経科学(2)
前帯状回(情動や共感などの認知機能に関与)は「自身の痛み」だけでなく、「他者の痛みや他者の心」にも共感する機能を有し、これは「相手の身になる思いやりの心」であり、
また大脳辺縁系はEQ(感情性知性)や「知・情・意」の「情」にも関連し、ヒトという生き物の「道徳性・良心の元に関連する」とも私は考えています。そのことに関しては以下の過去記事を参考にどうぞ。
⇒ 道徳とは? 心・精神のバランスの生物学的考察 進化の意味と宇宙・自然の法則
そして「社会的痛み」は前帯状回の活動によって表象され、情緒的サポートが心理的痛みと脳の情動反応を低減させる作用があることは脳科学的にも確認されています。
「社会的排斥」の負の作用と社会的・心理的サポートの意義
自己肯定感が低い人ほど,排斥された時の「腹側前帯状回の活動」は大きいことが脳科学的にも観察され、「社会的排斥」は前帯状回の活動を誘発するわけですね。
そして社会的・心理的なサポートによって前帯状回の活動は低下・低減し外側・内側前頭前野の感情制御プロセスを亢進することで回復へ向いやすくなる、というわけですが、
これは大脳辺縁系が自然自我の座であり、前頭葉が「思考・分析・判断する理性の心」=「精神の座」であるなら、自然自我は「感じる心」=「感性・感情の座」だからです。
過去記事 「罪悪感と脳・自我の関係の科学的・脳科学的検証 善悪・精神病理と自己統合」で、
心・精神の「病理発現」までのひとつのパターンを段階的な流れ1~9 にまとめた部分があるのですが、今回はその部分を脳科学的な概念に置き換えて説明してみます。
◇ 過去記事 / 病理発現までのひとつのパターン
1.「外的ストレスと内的葛藤の両方向のストレスによって高度な防衛機制が崩れる。」⇒ 2.「自他境界が脆弱化」する。 ⇒ 3.「自我同一性拡散」が生じやすくなる 。 ⇒ 4.「社会的自我が弱体化」する。⇒ 5.「退行」する。 ⇒ 6.「抑圧化された自然自我の解放。」⇒ 7.「外部からの社会的統制の強化。」⇒ 8.「低次の防衛機制・原始的防衛機制」発動。 ⇒ 9.「病的状態」の発現。
1~3までの過程を脳科学的に見るならば、ストレッサーによる視床・視床下部の機能に支えられたホメオスタシス(恒常性)のバランス異常 ⇒ ホルモン・自律神経のバランス異常となる。
※ 大脳辺縁系で感情を生じさせた刺激は、視床下部に伝えられて、自律神経系、内分泌系、免疫系のストレス反応を引き起こす。
4.「社会的自我が弱体化」する。5.「退行」する = 前頭前野を中心とする感情制御プロセスの弱体化、となる。
※ 特に「前頭前野眼窩部」は大脳辺縁系と連携しているため、この機能が不全化した場合、大脳辺縁系の活動の調整、統合に障害が生じてくる。
バランス異常の結果、その質に応じた様々な症状が現れ、例えば衝動抑制力の低下 =「強迫性」の発現、「自己制御不全」による社会的逸脱行動が現れたり、
転導性の亢進(注意力散漫)・被刺激性の亢進(外部刺激へ敏感性の増大や興奮性の増大)、アパシー(無感動・無関心・無気力)などが生じてきたりするわけですね。その結果が6~ 9.のプロセス。
となるわけですが、
7番の「外部からの社会的統制の強化」に含まれる、あるいは関連して生じる「スティグマによる社会的排斥や周囲の心無さ・理解のなさによるイジメや心理的追い込み」などが、
剥き出しの自然自我の原始的防衛機制を強化し、「病的状態」をむしろ悪化させ、回復を困難にする作用になっている、ともいえますね。また一次障害がある場合は、二次障害が生じてくる原因にもなっているわけです。
以前にもこのブログで紹介しましたが、以下は国立精神・神経センター神経研究所微細構造研究部 湯浅 茂樹 氏による サイト記事の紹介です。恐怖・不安と「大脳辺縁系・視床下部」などとの複合的な関係性がわかりやすく説明されています。
「脳と心のお話((第4話))」 より引用抜粋
恐怖情動の神経回路
音や光のような条件刺激がやってくると、この情報は感覚刺激を大脳新皮質へ伝達する過程の関所ともいえる視床へ到達します。視床は大脳の腹側の奥深くに位置する神経細胞の大きな集団で、情動に関する情報はここで大きく2つに分かれます。一方の経路は大脳皮質に送られ、細かく分析された上で海馬に送られ、長期的に記憶されます。他方の経路では、情報は視床と隣り合った神経細胞の大きな集団である扁桃体へ直ちに送られます。
扁桃体では感覚情報が広い意味でわれわれの生存にとって有利であるかどうかの評価、価値判断がおこなわれます。
この扁桃体での情動に関わる情報の処理結果は、まず自律神経機能とホルモン分泌の中枢である視床下部へ伝えられ、自律神経反応を引き起こして心臓の拍動が早くなり胃腸の動きも変化します。
恐怖を引き起こすような刺激を受けたときは、同時に扁桃体から中脳へ情報が伝達され、すくみ上がるといった行動が引き起こされます。更に、扁桃体からは、大脳の帯状回や海馬のような大脳辺縁系へ刺激が伝わり、
長期的な記憶にも大きな影響を及ぼします。このように、扁桃体には原初的な情動に関連した記憶が蓄えられ、この記憶と関連した情動刺激がやってくると記憶が引き出され、感情的ならびに身体的な反応が強く引き起こされます。この神経回路の概略が図1の左半分に示されています。
引用元⇒ 脳と心のお話((第4話))
今回のテーマと関連する参考PDFを以下に紹介しておきますね。
参考PDF ⇒ 情動と精神の異常
では次に「島皮質」です。
「島皮質」のまとめ(動画よりポイントを整理しまとめています。)
島皮質は「前頭葉・頭頂葉・側頭葉・帯状回・扁桃体・辺縁系・大脳基底核」など様々な領域と連絡し、味覚・痛み・内臓感覚・運動・心血管制御を中心とする自律神経、言語・注意・感情、異なる感覚感の統合に関与。
前部島皮質(不安や恐怖などの情動的な側面に関与、さらに前方部分は認知的な側面にも関与)、後部島皮質(感覚的な側面に関与)、右島皮質は交感神経に関与し、左島皮質は副交感神経に関与する。
過去の出来事を思い起こした時の幸福や悲しみ、恐怖・嫌悪などの感情には、前部帯状回・島皮質が関与し、
嫌悪・恐怖・怒りの否定的な感情に対しては、扁桃体・島皮質・淡蒼球・眼窩前頭皮質が関与することが報告されている。また「痛み」に関する嫌悪・不快の感情や、注意・予期としても働く。気分障害・摂食障害・統合失調症などの精神疾患にも関与し、「自己意識」の生成の基盤としても注目されています。
ラストは「後頭葉・側頭葉」で、今回のテーマとの関連性は低いですが、「視覚」「聴覚」の認知に関する、わかりやすくシンプルで面白い内容となっていますので興味のある方は参考にどうぞ。
「後頭葉・側頭葉」