再帰的併合操作  人と動物の言語と概念

 

今回は前回の記事の補足的な内容です。前回の記事「同一性と類型 差異と反復とアブダクション」の後半部で『人間と動物の言語的思考の差異として「アブダクション」と「記号の転移性」「再帰的併合操作」の三つの要素をあげましたが、

「再帰的併合操作」に関しての補足的な内容です。

 

ではまず先に一曲♪、動画紹介。暑苦しい日本の夏の夜、清涼な「音」のハーモニーに癒されます。マナに満ちた声が身体に響きます。

 

 

Cosmic Voices from Bulgariaは、ブルガリアの民謡合唱団で、1994年に指揮者のVania MonevaとマネージャーのEmil Minevによって結成されました。ブルガリアの伝統的な歌やダンスを現代的に表現し、世界中で公演やレコーディングを行っています。

Sofia Philharmonic Orchestraは、ブルガリアの首都ソフィアにあるオーケストラで、1928年に設立されました。クラシック音楽や映画音楽など幅広いレパートリーを持ち、国内外の名だたる指揮者やソリストと共演しています。

合唱団の美しいハーモニーとオーケストラの豊かな響きが見事に調和しています。

 

再帰的併合操作  人と動物の言語と概念

 

「人間以外の動物に「文法」は使えるのか?」 より引用抜粋

文法と聞いて,普通思い浮かべるのは,人間の言語にみられる文法だろう。現在では,人間の文法を脳に宿る自然物と見做し,物理学などの自然科学に倣って研究する学問が存在する。ノーム・チョムスキーに始まる「生成文法」だ。

生成文法の初期の成果の1つとして,考え得る種々の文法の間に「階層」を見出したことが挙げられる。これは「チョムスキー階層」と呼ばれ,計算機科学にも影響を与えた。われわれ日本人は,脳に日本語文法を備えており,無限に日本語の文をつくることができる。
(中略)
チョムスキー階層の中で,ここで特に重要なのは,「有限状態文法」と「文脈自由文法」である。結論からいうと,鳥の歌は,有限状態文法(finite-state gram-mar)に相当する。人間の言語は,これよりも文生成能力が高い,文脈自由文法(もしくはそれ以上)でないと記述できない。

– 引用ここまで- (続きは下記リンクより)

引用元⇒ 人間以外の動物に「文法」は使えるのか?

 

過去記事でも紹介しましたが、2022年に鈴木俊貴らの研究グループが、シジュウカラという鳥が2つの連続する鳴き声をつのまとまりとして認識する能力(併合)を持っていることを確認しました。

これは、再帰的併合操作の一種と考えられます。再帰的併合操作とは、2語を1つにまとめて認識する能力で、その操作を繰り返すことで階層的な統語構造を生成することができます。

例えば、「大きくて黒い鳥」という表現は、「大きくて」と「黒い鳥」が1つにまとまったものであり、そのうち「黒い鳥」は、「黒い」と「鳥」が1つにまとまった表現です。このように、2語を1つにまとめる操作を再帰的に適用することで、「大きくて黒い鳥」という複雑な表現が生成されます。この操作は、言語学では併合(Merge)と呼ばれ、人間の言語の核であると考えられています。

他の動物では、「オランウータンやチンパンジーなどの霊長類が、ジェスチャーや音声を組み合わせて複雑なコミュニケーションを行うことができる」ということが、2018年にCartmillらによって報告されました。これらの動物も、再帰的併合操作の能力を有している可能性があります。

最近の研究では、再帰的併合操作がどのように進化したのか、またどのような神経機構や遺伝子によって支えられているのかについて、さまざまな仮説や検証が行われています。

有限状態文法は再帰的併合操作を含むより一般的な文法であるから、再帰的併合操作を行うことができる言語は、必ず有限状態文法によって記述できますが、その逆は必ずしも成り立ちません。したがって、シジュウカラが再帰的併合操作を行うことができるとしても、その鳴き声は有限状態文法によって記述できる可能性があります。

しかし、人間の言語は再帰的併合操作だけではなく、他の複雑な操作も行うことができるため、有限状態文法では記述できない場合があります。例えば、人間の言語では中心埋め込み移動などの現象が見られますが、これらは有限状態文法では扱えません。このように、人間の言語は鳥の歌よりも文生成能力が高いということは変わりません。

2021年にBerwickらは、再帰的併合操作は約10万年前に突然出現したものではなく、約250万年前から徐々に発展してきたものであるという仮説を提唱しました。彼らは、人類学や考古学の証拠から、人間言語の起源を探求しました。

言語進化に関する文献紹介】では、言語進化に関する3つの論文を紹介しています。その中の第1論文が、Berwickらの仮説を取り上げています。

強い極小主義者のテーゼ」に従うと、言語能力とは、階層的な統語構造を生成する計算認知メカニズムのことを指し、この操作は約10-7万年前というごく最近に出現し、個々の言語の歴史的変遷は基本的にこの能力の制約上で起きていると考えられると述べています。

再帰性における Merge と embeddedness の比較】では、再帰性という概念について、併合と埋め込みの二つの側面から分析しています。

また、Hauser et al. (2002) が提示した「再帰のみ仮説 (recursion-only hypothesis)」の妥当性に関する議論ではなく,「再帰の意味はなにか」という議論が多くなされており,研究者間の齟齬の原因となっていると指摘しています。

 

本研究では,「再帰」の定義の曖昧さに関する問題それ自体と,その問題がなぜ生じるのかという問題について,文献講読による概念整理を行い,検討・考察することを目的とする.まず,Chomsky のミニマリストプログラムから HCF での再帰が併合であること示す.

つぎに,Coolidgeet al. (2011) から再帰が併合と埋め込みの2つに分類でき,併合によって埋め込み構造が現れるという関係であることを示す.また,併合操作が必ずしも埋め込み構造や階層性を有するわけではないことも述べる.最後に,再帰に関する問題点を述べる. 引用元 ➡ 再帰性における Merge と embeddedness の比較

 

 

また、2020年にSuzukiらは、再帰的併合操作を可能にする神経機構は、「球状化」と呼ばれる脳の形状変化と関係しているという仮説を提唱しました。彼らは、「球状化」に関連する遺伝子変異が人間やシジュウカラなどの言語能力を持つ動物に共通して見られることを発見しました。

以上のように、再帰的併合操作は人間以外の動物にも見られる現象である可能性がありますが、その範囲や程度はまだ不明な点が多くあります。また、その進化や神経遺伝学的な基盤もまだ解明されていません。

 

ピダハン論争

2012年に放送された地球ドラマチック「ピダハン 謎の言語を操るアマゾンの民」で、言語人類学者のダニエル・エヴェレット氏が観察したピダハン族には色、時間、数字の概念がなく、神の概念もないという文化が紹介され、

また最近(2022年)にも『カズレーザーと学ぶ』で、ピダハン族がお金や時間の概念を持たないことや、「現在に生きていること」が彼らの幸せの源泉であることが紹介されました。

そして「ピダハン語には再帰がない」と主張するダニエル・エヴェレットと、再帰性が普遍文法の必須要素であるとするノーム・チョムスキーらの間で展開されている言語学的な論争がありますが、

それはさておき、もしエヴェレットの話が事実であれば、ピダハン族は「原初の瞑想」に近い状態のままで生きている(それ自体ではない)、とはいえそうです。

しかし「それ自体」を「言語」で説明するということはできないため、言語学的にロゴス的知性でそれを捉えようとすればするほど逆にわからなくなるでしょう。

 

エヴェレットは、ピダハン語には再帰性が存在しないことを示す証拠を提示する。例えば、ピダハン語には入れ子状の節構造や色を表す抽象的な語彙がなく、人称代名詞や親族関係の語彙も借用語であるという。また、ピダハン族の文化や世界観も再帰性に基づかないことを指摘する。

ピダハン論争は、言語学だけでなく、心理学や人類学など他の分野にも関連する問題でしょう。例えば、再帰性が人間の思考や認知にどのような影響を与えるか、また、再帰性が人間以外のシステムにも存在する可能性があるかどうかなど。

しかしピダハン語に再帰性が本当にないのかどうかは、エヴェレット以外に現地で調査した言語学者がほとんどいないため、確かな証拠が不足しています。また再帰性という概念自体にも曖昧さがあり、併合と埋め込みの二つの側面から分析する必要があります。

もしピダハン語に再帰性がないとしても、それがチョムスキーの理論に致命的な影響を与えるかどうかは議論の余地があります。ピダハン論争はまだ決着がついておらず、研究者たちの議論が続いている。この論争を通して、言語能力の本質や進化について新たな知見が得られることが期待されます。

 

記事の最後に動画を紹介します。脳科学者である養老孟司 氏が日本語の特殊さや魅力について語っている動画です。彼は、日本語の最大の特徴は音訓読みだと語り、感性、感覚よりの言語、オノマトペの多用という特徴を見出しています。