先天的?後天的? エピジェネティクスと心・精神の病(自閉症・発達障害・他)
今日は「エピジェネティクス」という概念をメインテーマに、心・精神の病(自閉症・発達障害・他)の考察をしています。
「心・精神の病」そして様々な人格形成の多様性というものは先天的なものが優位なのか、後天的なものが優位なのでしょうか?その辺りのことを分子生物学的に見ていきましょう。
フランシス・クリックが提唱したセントラルドグマにおける形質の変化では、DNA複製→RNA転写→タンパク質への翻訳→形質発現という流れであり、これは一般的によく知られた概念です。
エピジェネティックス(epigenetics)という概念は「DNA 塩基配列の変化を伴わない遺伝子発現制御現象」であり、元は コンラッド・H・ウォディングトンが提唱した生物学の概念です。
セントラルドグマは、記録媒体であるDNA塩基配列の変化が形質の変化の原因となるため、情報の流れは基本的に一方向であり、それによって構造と機能を条件づけている、というものなので、先天的な生物プログラミング的な概念なのですが、
それに対して、エピジェネティックスは、DNA塩基配列情報が変化せずそのままでも、「後天的に環境によって遺伝子のスイッチのオン・オフが変化する」ことで、「細胞レベルあるいは個体レベルの形質の表現型が変化する」という概念であり、
これは「遺伝子型が同じ個体でも表現型が変化する」という、よく観察される生物学的事実の背景にある分子生物学的な力学となるものです。⇒ 【第1回】エピジェネティクスとは何か?多額の研究費をかけた実験の失敗が教えてくれた生命の謎
先天的?後天的? 自閉症・発達障害・他
自閉症は、発達障害のなかの広汎性発達障害に分類され、一般的には、自閉症は遺伝性精神神経疾患とされており、症候性と非症候性の2種類に分類され、
症候性は単一遺伝子疾患による先天的機能異常と定義され、非症候性は「遺伝的要素と後天的な環境の複合型」という大まかな意味に定義されますが、
現在は、自閉症は単一遺伝子疾患ではなく多因子性疾患であり、メンデル型優性遺伝による「遺伝病」ではなく「遺伝子のエピジェネティックな変化が影響している」という分析結果が出てきています。
日米欧における自閉症,ADHD,LD など発達 障害児の増加は、以下に紹介のフランス分子生物学者の記事にもあるように「定義の曖昧さ」による拡大解釈が増加の原因、という指摘もあります。
これに関連する内容として、以下の記事も記憶に新しいです。それは「ADHDの父」と呼ばれるレオン・アイゼンバーグ氏が、彼が亡くなる7カ月前のインタビューで「ADHDは作られた病気の典型的な例である」とドイツのDer Spiegel誌に対してコメントした、という事実です。⇒ ADHDは作られた病であることを「ADHDの父」が死ぬ前に認める
もうひとつ追加更新で関連する外部サイト記事を紹介します。
⇒ 医師から見た「発達障害」のリアル 7割超が「診断基準の精度」、5割が「過剰診断」を懸念
よく『発達障害は「障害」なのだから治らない』、「治るとかいう人は嘘をついている」というような言葉を耳にします。まぁ発達障害とひとくくりにいっても範囲が広いのですべてはではないですが、「ADHD」に関しては「治る」ことも観察されています。
しかも「自然に」です。ということは本当に「障害」なのでしょうか?以下、追加更新で外部サイト(ー移り気な児童精神科医のBlogー)より記事紹介です。
「子どものADHDと大人の「ADHD」 —ダニーディンのコホート研究から—」 より引用抜粋
(前略)
以前から言われているように、子どもの頃にADHDの症状を持っていた人達であっても、年齢と共にその症状が見られなくなっていくことは珍しくありません。これは講演などではよく Biederman の古典的なデータなどを使って説明されていますね。またこの研究の対象者の中には、子ども時代にADHDの治療薬を服用していたケースはなかったとされています。
当時のニュージーランドでは、ADHDの薬物療法は普及していなかったということのようです。つまり、当たり前ではありますが、薬物療法なしでも症状は消退していくということになりますね。
その一方で子どもの頃にはADHD症状を示していなかった一群が、大人のADHDとして立ち現れてくることは少なくないのでしょう。
そして関係者の想起のバイアスも関係して、厳密には診断基準を満たしていないにも関わらず大人のADHDの確定診断を受けることも充分にありうる、ということなのかもしれません。
これは「うつ」にしても「定義の曖昧さ」による拡大解釈による増加が含まれているでしょう。しかし自閉症そのものの原因としては、ベルトラン・ジョルダン博士は「それは単一の遺伝要因でない」としつつ、「複数の遺伝子が変異を起こしている多因子性疾患」であると考察しています。⇒ 自閉症の遺伝子診断は幻想 フランス分子生物学者が講演
次の紹介記事は、「遺伝子のエピジェネティックな変化が自閉症に影響している」ことを感じさせるテーマであり、他にも興味深い二つの「仮説」が紹介されています。⇒ 自閉症は、遺伝子のせいなのか?一方だけがアスペルガーになった双子の物語
次に紹介のPDFでは、日米欧における自閉症,ADHD,LD など発達障害児の増加の原因分析として、農薬,PCB などの「環境化学物質」による機能神経回路(シナプス)の形成不全という角度から分析しており、「遺伝と環境の超複雑な相互作用」としつつも、環境因子が大きいとしています。
※ これらはあくまでも「仮説」としてお読み下さい。
「自閉症・ADHDなど発達障害増加の原因としての 環境化学物質」 より引用抜粋
―― 有機リン系,ネオニコチノイド系農薬の危険性(上)一般に「遺伝病」と考えられメンデル型優性遺伝をするとされてきた病気でさえ,詳しく調べてみると,発症に環境因子が必須であることが判明した例がある。
アルツハイマー病と似た病気,アミロイド蛋白が内臓などへ蓄積する「家族性アミロイドーシス」はヒトの原因遺伝子が同定されている「遺伝病」である。
このヒトの原因遺伝子を組み込んだ,トランスジェニック・マウスは,普通の汚い環境では100% 発症したが,清浄なSPF環境におくと,なんと1 匹も発症しなかったのである31。
たとえば,アルミニウム化合物のような普遍的に存在する環境化学物質が常に引き金を引いていたと考えられる。
– 引用ここまで- (続きは下記リンクより)
文・図 引用元
PDF ⇒ 自閉症・ADHDなど発達障害増加の原因としての環境化学物質
関連PDF/関連サイトを紹介します。
国立環境研究所 ⇒ 化学物質の正確なヒト健康への影響評価を目指して -新しい発達神経毒性試験法の開発-
胎児期~幼児期と「かく乱」されやすい脳
Harvard School of Public Health (HSPH)と Icahn School of Medicine at Mount Sinaiの共同研究によって、有害な化学物質が、自閉症や注意欠陥多動性障害といった小児における神経発達障害の発症させるトリガーとなっている「可能性」があることが、判ったそうです。
ヒトの脳は化学物質の侵入に弱く「かく乱」されやすいため、成熟し た大人の脳は、血液脳関門=「血液と脳脊髄液との間の物質交換を制限する機構」が発達し、
有害な化学物質の脳内への侵入を防いでいる、というわけですが、胎児期にはこの防御システムはなく、幼児期もまだ十分には発達していないため、胎児期~幼児期は多くの有害物質を通してしまう危険な状態にあり、注意が必要ということですね。
発達障害のメカニズムは完全に解明されたわけではありませんが、研究者らは、「これらの化学物質の使用を抑制するための国際的な取り組みを早急に行うことが必要だ」と述べています。
自閉症・発達障害の関連ブログ・記事 / エピジェネティクスからみた「うつ」のPDF紹介
以下、発達障害の科学的改善に精力的に取り組まれている脳科学者の澤口俊之 氏のオフィシャルブログの紹介。
「会話のできない重度の自閉症者 東田直樹 氏」が自分の想いを伝えるブログの紹介と、「ASDと軽度のADHDのサトエリさん」と、「ASDの天咲心良さん」の関連外部サイト記事を紹介します。
28歳、顔出しで発達障害語るブロガーの真実「命のほうが大事なので会社を辞めました」
「うつ」をエピジェネティクスから考察したPDFの紹介。
ではラストに、エピジェネティクスに関連する最近の研究報告の記事を三つと参考PDF を一つ、そして関連本を1冊続けて紹介し、記事の終わりとします。
エピジェネティクスに関連する最近の研究報告
「遺伝子に付けられた目印とは?エピジェネティクス制御のしくみとその可能性に迫るMOOCs講座」 より引用抜粋
(前略)
「エピジェネティクス制御」、すなわち動物が後天的に獲得するエピジェネティクス情報をコントロールする際には、具体的にどのようなことが行われているのでしょうか?そのプロセスは大きく2種類に分かれます。一つはDNAを折り畳んで核内に収めている「ヒストン」というタンパク質を化学的に修飾すること、もう一つはDNAを構成している塩基配列内の特定の部分で、水素をメチル基に変化(メチル化)させることです。
DNAのメチル化の際に生じる異常は、がん細胞発生の原因になることも証明されています。したがって、DNAのメチル化を正常化することでがんを治療する、エピジェネティクス制御を利用した薬剤の開発に期待が高まっています。
(中略)
エピジェネティクスという言葉は一般的にはまだ耳慣れないものかもしれません。しかし、エピジェネティクス制御は、がんだけでなく先天性疾患、統合失調症、生活習慣病のケアや、老化のコントロールにも関連すると言われており、これからの医療や製薬の分野で大いに期待されている研究分野であると言えます。– 引用ここまで- (続きは下記リンクより)
引用元⇒ http://edmaps.co/article/epigenetic-control/
「エピジェネティック・マーク 」2014年9月18日 サイエンスデイリーより引用抜粋
出典 カリフォルニア大学・サンタクルーズ校
環境から受けるストレスの影響で、遺伝子表現が変わり、これが親から子へ伝わると言うエピジェネティックス遺伝が、次第に具体性を帯びてきた。
エピジェネティックスとはDNAの文字配列変化による遺伝ではなく、DNAがどのように包まれるか、その梱包の仕方が変わることによる遺伝だ。
(中略)
ここで、正常な卵細胞に、変異した精子を掛け合わせる逆の実験をした。
(中略)
「分裂する細胞を観察すると驚いたことに、マークのある染色体はそのままマークを維持し、裸染色体は裸のままであった。これはマークが遺伝されたことを意味する」とストロームは言う。
(中略)
実験では回虫を使ったが、実験結果は他の動物にも重大な意味を持つとストロームは言う。何故なら、全ての動物は、同じ酵素を使ってヒストン・タンパクのメチル化をしているからだ。– 引用ここまで- (続きは下記リンクより)
引用元⇒ エピジェネティック・マーク
参考PDF ⇒ [PDF] 「細胞の記憶」, エピジェネティクスと疾患∼細胞と個体,複雑なシグナルとエピジェネティクスを結びつける「生老病死」 の分子生物学∼
「 」より引用抜粋
大阪大学大学院生命機能研究科の豊田峻輔特任研究員と八木健教授らは、発生初期のDNA修飾が個々の神経細胞の個性化と正常な樹状突起のパターン形成に関わっていることを発見しました。
長年、神経細胞は生後の神経活動に依存して精緻な回路網を形成すると考えられてきましたが、本研究では発生初期のエピジェネティック制御が神経細胞の個性化や回路形成に重要であり、
Dnmt3bがそのキーとなる制御因子であることを世界に先駆けて発見しました。その方法は、胎生致死になるDNA修飾酵素欠損マウスから人工多能性幹細胞(iPS細胞)を樹立し、
キメラマウスを作製する新たな方法を開発し、証明することに成功しました。本研究により、神経細胞の個性化と回路形成の新たな分子メカニズムが明らかになり、
またDNA修飾の異常により引き起こされるヒトの遺伝病や精神疾患の原因解明に貢献することが期待されます。– 引用ここまで- (続きは下記リンクより)
引用元⇒ 世界に先駆け発見!神経細胞の個性化と精緻な回路形成に必要な発生初期のDNA修飾メカニズムを解明