子供の心を育てるのは親 「トラウマ」はどこにある?
先週から無意識の領域の特徴について記事を書いてきましたが、今週からようやく「無意識の転写」のメカニズムの個々の現象をテーマにします。今日は脳科学的に見たトラウマを主なテーマとします。
先週も書いたように、無意識は様々な内外の情報を感受していますが、顕在意識はその一部を選択的に認識しているだけです。そして私達人間の全てのスタート地点である赤ちゃんというのは、まだ全てが未統合で剥き出しの意識状態です。
赤ちゃんは剥き出しの意識で、外側のあらゆる情報を感受しながら凄いスピードで内側を秩序化しながら成長していきます。内側の秩序化の過程、これが人格の統合化の過程です。
そしてそれは先に人格を内的に統合化した大人達(多くの子供の場合は両親)の働きかけにより、そして外側の環境から、無選択に感受される情報の総合によってなされます。
ですがこの教育過程は大抵は思うようにはいきません。なぜなら私たち自身が私たちの心・精神のメカニズムを知らず、しかも世の大人(親)全てが人格を内的にバランス良く統合化出来ているのかといえば勿論そうではなく、その成熟度も個人差は激しいからです。
そしてそうなっている原因は、この社会自体が、人格の統合を本当の意味で大切で重要なことだとして扱っていないからそうなっているのです。
表向きの建て前ではそうはいっていても、また仮に専門の知識や理論での理解はあっても、体感的に感性的にそれを深く知っていなければ、実際のところ本当に役には立たないでしょう。
子供の心を育てる最初の大人は親の心です。そして心は脳の機能ももちろん含まれていますが、心は単にそれだけではなく、身体の意識全体を含んだ、感性から来る総合的な表現でもあるからです。
トラウマは大脳辺縁系にある
私はこのブログ記事でたまに「負の形状記憶」という感覚的な表現を使いますが、それはトラウマや他のさまざまな心・感情・反応のパターンを含めた総合的な意味で、例えば心理学でいうところの「スキーマ」に近いですが、自作の表現です。
※「形状記憶」という比喩表現を使うのは、イメージ的・感覚的にわかりやすいからです。この比喩は専門用語よりも広範囲なものを含みます。
実はこれを「感性的・イメージ的に捉える人」の中には、「邪気」とか「気の流れの詰り」という表現として「主観的に」感じられることがあり、
それ自体が物理的な客観的実在ではなくても、「内的状態を感性的に捉え、そのイメージを言語表現している」のですね。
まぁ実際は「気感」はなくても、ただそう信じている人とか、何となく程度の思い込みだけでその手の知識・情報だけでそう言ってるっているケースも結構多いので、全てとはいいませんが。
またそれは単に負のものだけでなく、形状記憶には肯定的なものもあれば、否定的でも肯定的でもない形状記憶もあります。また形状記憶は脳や体の様々な部位に存在します。
では負の形状記憶の一つであるトラウマはどこにあるのか?と言えば、「ひとつ」は大脳辺縁系に記録されていると考えていますが、それが「全て」とも考えてはいません。
大脳辺縁系の働きは様々ですが、その中でも認知機能、感情、動機づけの機能が、心・精神の問題ともリンクしているんですね。
私が使う意味での「形状記憶」を、他の言葉で言い換えれば「記憶・情報の集合体」であり、「同じパターンでループする動的なもの」で、
「スキーマ」とか「条件付け」とかにも重なる部分はありますが、心・精神の病や歪みに密接に関わっているのが「負の形状記憶」なんですね。
そして「負の形状記憶」を、変性意識で主観的な閉じたビジョンとして見た場合、さまざまな「霊的」な形容として想像的に感受されることがあります。
それが無意識の領域の特性であり、だから先週、無意識の錯覚のメカニズムを書いたのですね。
霊能者・オカルトなどでいうところの、「邪気・悪想念・憑依霊・マイナス波動・餓鬼界・地獄界・濁ったオーラや光・気道の詰まり」などという主観的な閉じた内的ビジョン・内的感覚は、
無意識の「負の形状記憶」を変性意識で知覚した時の印象が、「ビジョン化され変質したもの」です。「印象」が何か別のものに変質化したのは、付加されたオカルト情報によるイメージ化の作用です。
「負の形状記憶」それ自体は確かにあるんですね。(霊的現象といわれるものは他にも原因・メカニズムはあり、それも他の記事で書いてます。)
「負の形状記憶」の中の一つがトラウマです。そして無意識的に私たちの心情・行動に否定的な影響を与え続ける形状記憶体になっているのです。
では最後に参考になる二つの関連記事を紹介して今日の記事の終わりとします。
「脳とこころ」 より引用抜粋
(前略)
たとえば、何かをしたい、という情動があったとします。その、したい!という気持ちは辺縁系にある帯状回によって動機付けされ、どういう風にすればいいのか、新皮質がそれを考えます。新皮質はこれまた辺縁系にある海馬に、昔ならこのときどうした?と尋ね、海馬は脳の中のでっかい図書館を探して、昔ならこうしたよ、と教えます。
そしてまた、それが適切なものだったのかどうか、これまた辺縁系にある扁桃体で判断し、ダメだったねえ、とかよかったなあ、という価値判断を行います。
この過去データと判断をもとに、新皮質が新たなプログラムを作り、それを実行に移す、というわけです。– 引用ここまで- (続きは下記リンクより)
引用元⇒ http://www.2px.jp/psycho/b2.htm
「トラウマ その成因と回復法
(脳科学からトラウマを考える)」 より引用抜粋トラウマが反応を示す神経回路は大脳辺縁系にあります。トラウマの症状は情動です。本能も情動にありますが、本能は遺伝情報なのに対して、トラウマは学習情報です。
大人ではどちらも前頭前野の意識で調節できますが、調節できなくなったときに、本能は本能行動として、トラウマは情動行動として表れてきます。
子どもでは本能も、トラウマも、前頭前野の意識で調節できませんから、受けた刺激に対して素直にそれぞれの反応行動や症状を表現します。
トラウマで苦しんでいる大人、精神疾患として苦しんでいる大人の心は、前頭前野の大脳辺縁系を調節する能力が低下をしています。逆に大脳辺縁系の機能が前頭前野に大きな影響を与えています。
意識が情動を調節する能力が低下した状態、情動が意識に大きな影響を与えている状態ですから、
子どもの心と同じか、とても近い状態です。子どもの心で考えたことがトラウマで苦しんでいる大人、精神疾患として苦しんでいる大人に当てはまる理由です。
– 引用ここまで- (続きは下記リンクより)