エイリアン対プレデター
アメリカの大統領選挙の行方とか何とか言っても、政治記事のようなものを書く気は全くないので、まぁそういう視点とは全く異なる質の記事で、ブラックジョークなども含めて書いてます。
家族やコミュニティーを有機的連帯として捉え、その状態(機能の不全度・調和度)によって、個の役割や相対的なポジションが変化する、というような考察を、2・6・2の法則と組み合わせて書いたことが過去にありますが、
例えばその一部を抜粋すると、
〇 2・6・2の法則(未昇華・役割固定の場合)
2(上位)英雄役 6(中間)道化役・不在役・支え役・2(下位)問題児
〇 2・6・2の法則(重度の機能不全家族や機能不全コミュニティー・組織の場合)
2(上位)問題児 6(中間)英雄役・不在役・2(下位)道化役・支え役
などですが、
例えば今のアメリカをこの関係に当てはめて見た場合、英雄役(ヒロイン役)と問題児役が拮抗している状態とい
う感じですね、つまりアメリカ社会が中程度の機能不全状態だから、問題児が「創造的破壊者」として社会上位に現われてくる。
トランプは「世界を地獄に突き落とすかのような問題児」、ヒラリーは「鉄の意志をもった有能な政治的エリート」=英雄役(ヒロイン役)
仮にアメリカが本当に重度の機能不全社会である場合、トランプはヒラリーに圧勝する、という流れになりますが、概して平和な先進国の日常では「逞しい男」対「逞しい女」では「逞しい女」の勝利に終わるわけです 笑。
私の予想では、アメリカの白人層の鬱憤はかなり巨大マグマ化はしているし、そしてそれ以外にもアメリカには多くの怒りと失望が蓄積されていますが、
そうはいってもトランプのあの人間性を「公的」に認めるような、アメリカはまだそれほどの機能不全な状態ではない、と考察しているので、予想以上に拮抗状態が続き、
たとえヒラリーに幾らかの問題があれ、先進国アメリカはトランプは選ばない、と一般論として考えられますが、変化を求めるアメリカ庶民のホンネの反撃も考えられます。
トランプは民主主義国のコージン(公人)としては不適格な「やりすぎコージン」ですので、いくら激情があっても「祭り」の勢いは最初だけで、徐々に、そして直接対決の討論では先進国の理性が勝る方向性にはなるでしょう。
ホワイトハウスへの失望、そして「夜のホワイトハウスの窓ガラス壊して回る」ようなトランプの「ホワイトハウスの支配からの卒業」に庶民のロックな心がウエーブし、夏の怒りのエクスタシータイムは、夏の終わりには賢者タイムに徐々に移行し、人々は現実を直視するでしょう。
私はこの戦いを見た時の第一印象は「エイリアン対プレデター」なんですね。「トランポリン」と「クリキントン」という可愛げのある表現もユニークとは思うのですが、
どう見てもこの二人は人間的にその表現が似合うほど優しいキャラではないので、やはり「エイリアン対プレデター」がシックリくるんです。
反知性的な肉食系の本能を刺激するエイリアンがトランプなら、知性的だが戦士系メンタルと獰猛な肉食性を合わせ持つプレデターはヒラリー、という感じです。笑
どちらにつくか、人間はエイリアン対プレデターの戦いを楽しみつつ、同時にこの戦いが終わった後、その勝者がこちら(人間側)に近づいてくることにビクビクしながら見守っている、
「プレデターならまだ話は分かりそうだが、巧妙に支配される日々が続くだろう、エイリアンはキツイ、あれは凶暴過ぎる、だが知略で巧妙に支配されることはないだろうから、人間としてはむしろ自立できるかもしれない、
だが、どちらにせよ、弱者は餌として丸のみで食われておしまいなのでどっちもどっちとは言えるだろう」、
という人類の悲壮感が漂う熾烈な怪物の戦い、ですね。
創造と破壊の関係
ここから下はさらに感性的な表現が多く抽象的な内容になっています。創造するには破壊が必要、そしてその破壊の形式は、重度の機能不全状態では「陽」として表に行動化され、軽~中度であれば「陰」として裏で動く(抑圧化)。
そして臭いモノに蓋をするように、「陰」で破壊しながら表=「陽」では分離的な創造と維持が行われる。
この分離的な「維持状態」が続くと、一部は栄え一部はどうやっても変えられない現実に閉じ込められ、そしてある者はどんどん影に追いやられるという二極化が進むため、徐々にフラストレーションは高まり、表=「陽」に対するルサンチマンとなって行動化されていく。
部分的には現実であっても、これを総じて「きれいごと」と一蹴し、行動的に切り捨て始めるのが陰=「かくされていたもの」を表面にあぶり出し切っていく「破壊過程」。
破壊の過程に移行していく段階で、勢いに任せて対処を誤ると破壊そのものに飲み込まれてしまい、「創造」に移行できないまま破壊の連鎖が続く地獄のループに入る。
破壊のエネルギーに飲み込まれるのではなく、粘り強く創造昇華へ向かいつつ機能の更新へと調整していかないと、社会全体が一気にこの破壊のマグマの力に持っていかれてしまう。
毒を以て毒を制す
毒社会(闘争が過剰化した不調和な機能不全社会)では、権力バランスは以下の状態に傾きやすくなる。
➀ 高知能サイコパス型 > ➁ 高知能の自己愛型> ➂ ノーマルな健全・調和型>➃ 低知能でバランス異常型
毒社会では、ノーマルな健全・調和型は理不尽な力で押し切られる。高知能サイコパス型は「手段を選ばない非情な合理性」で迷わず切り捨てるため、「権力を持たない健全・調和型」では勝てないケースが出て来る。
高知能の自己愛型は「見せ方」が上手いために、周囲は簡単には気づかない、なので「見せ方が卓越していないノーマルな健全・調和型」では、支持者において多勢に無勢となり、やはり勝てないケースが出て来る。
こうやって自己愛型の無意識的な支持者とそれに飲まれた類型の集団が増加していくが、
この自己愛型集団を取りまとめられるのは高知能サイコパス型か「相当な力量の有る健全・調和型」だが、このような社会において後者は当然少ないために、
「合理的で即戦的な数字を出す高知能サイコパス型」+「巧妙な人心操作に長けた高知能な自己愛型」に依存するしかなくなる。その結果、人々は彼等の支配下に入る。
かくして、このような現実社会の上部構造にまで食い込んで現実をマクロレベルで変えるには、「毒を以て毒を制す」が必要となってくる。
そしてこのような不条理な構造を人類が本質的に解決するのは不可能ではないが、それには多くの条件が必要であ
るために、膨大な時間・創造と破壊の過程を経ないと可能にはならないでしょう。
Only Time エンヤ (Enya) 歌詞の一部を引用紹介
この道がどこへ続いていくのか
今日という日はどこへ流れていくのか
誰にもわからない
答えを知ってるのは時間だけ
自分の想いがそのまま
思い通りに実るかどうか
それも誰にもわからない
答えを知っているのは時間だけだから
引用・参考 ⇒ Only Time エンヤ (Enya)