「原初と状態」とユマニスム

数年前に亡くなった文化人類学者のデビッド・グレーバーと、考古学者のデビッド・ウェングローによる著書「万物の黎明」は、人類学と考古学の視点から歴史を再解釈し、ヨーロッパ中心の歴史観を覆す新しい人類史です。

たとえば幾つか挙げると、

明治政府がプロイセンの制度を模倣したことはよく知られていますが、そのプロイセンの官僚制が実は中国の科挙制度に触発されたものであるという話とか、欧米に自由、平等という価値観もたらしたのは、アメリカ先住民のカンディアロンクの影響だという話など。

10年の歳月をかけて書かれたこの本は、これまでのルソーホッブズのような人類史観、そして歴史学者のY・N・ハラリの『サピエンス全史』、心理学者のS・ピンカーの『暴力の人類史』、進化生物学者のジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』などの進歩史観的・決定論的な「ポップ人類史」に対して鋭い批判を投げかけています。

彼等は考古学や人類学の専門家ではなく、彼等の人類史観は専門的な研究成果を十分に反映していないと指摘しています。

グレーバーは著書『負債論──貨幣と暴力の5000年』において、物々交換から貨幣経済への移行を説明する「商品貨幣説」に疑問を投げかけ、人類学の証拠をもとにその説を否定していますが、彼は様々な角度から通説の否定を行っています。

『民主主義の非西洋起源について』では、古代ギリシャのアテネに民主主義の起源を求めるような通説を強く否定しています。

他にも、『ブルシット・ジョブ――クソどうでもいい仕事の理論』とか面白い本を書く人ですが、思想的にはアナーキストで、人類学者であり社会運動家でもある人です。学問と運動は分けていると本人は語っているようですが、思想強めの感は否めません。その辺を踏まえた上で読んでも面白い内容でしょう。

連載 シン・アナキズム 第5章 グレーバー (その2)

 

『民主主義とは何か』の著者である宇野重規 氏は、グレーバーの『民主主義の非西洋起源について』の書評において、「誰も民主主義の起源を独占できないという結論に異論はない。それでは民主主義の新たな歴史をどう構想するか、それが問題だ。」と書いていますが、私もそう思います。➡「民主主義の非西洋起源について」書評 民の自己統治 ギリシャ外でも

 

「原初と状態」とユマニスム

従来の人類史は、狩猟採集民 ➡ 農耕 ➡ 国家 ➡ 現代社会へと進化していくという「物語」として語られ、「言語」の獲得から社会構造の発展、宗教の形成、そして認知革命、農業革命、産業革命を経て、都市や国家が形成され、革命や戦争を通じて自由や平等といった価値観が普及したという共通の理解を持っています。

しかし、考古学の最新の発見は、農業の開始以前にすでに大規模な都市構造が存在していたことを示しており、これは従来の先史時代に関する認識を覆すものです。

さらに、人類学の研究は、しばしば「未開」と見なされがちな社会が、実際には豊かな文化的多様性を有していることを明らかにしています。これまでの人類史観は西欧中心主義的な視点に基づいており、不可逆的でも必然でもなく、また多くの事実に基づいていない恣意的なものであるということですね。

 

アダム スミスの『国富論』、ホッブズの『リヴァイアサン』、ルソーの『人間不平等起源論などが、未開社会の「自然状態」を前提としていますが、これらの理論は現代の考古学や人類学の発見によって否定されています。

また、ホッブズが描く「万人の万人に対する戦争状態」や、ルソーが想像する「平和で平等な原始社会」も、実際の狩猟採集社会の多様性を考慮すると、単純にそれが「原初」の形態とは言えないことが明らかになっています。

ルソー的な性善説 ホッブズ的な性悪説のような人類の「自然状態」の二元論、その「閉じた人類観」から二項対立で考えるのではなく、人類の「自然状態」はそもそもそのような固定的で単一なものではないということ。

例えば、ギョベクリ・テペの発掘調査では、農耕が始まる前の1万年以上も前に、大規模な集団動員による巨石建造物の建設が行われていたことが明らかになった。このような事例から、先史時代の人々は必ずしも単一のパターンで生活していたわけではなく、むしろ状況に応じて柔軟に生活様式を変化させていたことが示唆される。

ところでギョベクリ・テペといえば、「やりすぎ都市伝説」で宇宙人である女王『クババ』とかなんとか、「全てはクババのシミュレーションの中」とかなんとか、そういうオカルト的仮説がありますが、あの手の話はエンタメの次元では面白いですが、鵜呑みにしないことをおすすめします。➡ 【都市伝説】やりすぎ都市伝説は本当にやり過ぎた!!女王クババは嘘ばかり?

 

話を戻しますが、先史時代の人類社会では、人々が共同体の一員として弱者を大切にしていた事例が挙げられ、従来の「自然状態」に関する理論とは異なる、創造性に富んだ多様な姿を持っていたと考えられています。

先史時代の人々は、固定された生活様式に縛られず、自由な社会実験を行っていたと考えられます。彼らは、隣接する地域が階級制度を採用している場合、意図的に階級を設けないことで差別化を図りました。

居住地が適さないと感じれば、新しい土地へ移動し、他の集団と共に新たなコミュニティを築きました。命令に従うことなく、移動の自由を享受することで、社会的な格差は固定されにくい環境を作り出していました。また、男女間の地位も比較的平等であったとされています。

15世紀以降、アメリカ大陸に到達したヨーロッパ人は、先住民の自由な生活様式に衝撃を受けました。啓蒙思想家たちは、先住民の政治思想がヨーロッパの階級制社会を揺さぶる可能性を恐れ、自らをより進んだ文明であると位置づける試みを行いました。このような背景から、狩猟採集社会から農耕社会への進化を説くモデルが生まれたとされています。

 

「万物の黎明」に関するノートでおすすめのを紹介しておきます。その1~その12まであり、とてもよくまとめられています。

 

このノートは何のために公開されるのか

以下のノートは『万物の黎明 人類史を根底から覆す』(デビッド・グレーバー&デビッド・ウェングロー著、酒井隆史訳、光文社、2023年)の読書ノートです。

レクチャー形式でまとめた理由は、聞き手を前提とした書き方が個人的に好きだったのと、この本を要約するにはそれが一番最良のやり方のように思えたからです。そして、出来上がった文章を読みながら、これから『万物の黎明』を読み始める人や、いま読んでいる人や、もういちど読み返そうかと考えている人たちの参考になるかもしれないと考え、公開することにしました。 ➡  『万物の黎明』読書ノート その0